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日記583


かわいい蝉さん。
このときは、まだ生きている。

いまはもう、お亡くなりになったかもしれない。


7月24日(火)


歯医者に行きました。何年ぶりだろう。じぶんの感覚だと、悪いところはありませんが、twitterで「定期検診に行かないやつは内臓が謎の植物に食い破られ、いずれ森に還る」というお話を見かけた気がしないでもないので、なんとなく。まだ森に還るには早いから。疑うだけではなく、信じることもネットリテラシーのひとつです。

わたしの行った歯科医院は、始めに記録と検査をしまくるよ!ということで、若い女性から口に鏡をつっこまれながら口腔内の写真をバシバシ撮られるなどしました。レントゲンとは別に。なかなかの拷問ですが、われわれの業界ではご褒美なので大丈夫です。

いま思えばご褒美ですが、されているときはやたらでかいカメラのレンズを向けられて、まぬけづらで、鏡が痛いし、どういう気持ちになればよいものやら、置いてけぼりでした。うれし恥ずかし?いや、ちがうな……。感情の入る余地もなく、されるがまま。身を任せるほかない。無の境地。もうどうにでもしてくれ。

全体の骨格がなんとかという話で、ふつうに立って笑顔の写真も撮影されました。ぼんやりしていたら「にっとしてください!」と注意されてしまい、中途半端な表情だと不細工になるため、全力の笑顔で対応すると、「いいですね~」とほめられちゃって、モデルみたいな気分でした。

レントゲンも、細かく部分部分を撮影されて、ふだんこれほどまでに写真撮影をされる機会はないため、やはり恥ずかしさがありました。こんな撮影会があると知っていたら、遠慮しちゃっていただろうと思う。でもこれは検査です。とはいえ、いつも肌でくるんで隠蔽している内部がスケスケの丸見えになってしまうのに、恥ずかしくならないほうがふしぎではないでしょうか。スケスケは誰でも恥ずかしいでしょう。骨まで露出して、だいぶセクシーなことになってしまう。もはや露出狂です。たまにテレビでタレントさんが健康診断をうけ、内臓を全国ネットでみせびらかしているの、神経を疑います。

そんな感覚で、いろいろと診てもらったところ、わかりやすい虫歯はなく、歯茎の状態もそれほど悪くないそうです。ブラッシングもきれいにしていますね、とおっしゃっていただきありがたい。歯磨きは1回につき10分くらいします。ただ、一点だけ悪いところがあるそう。歯がすり減っている。「歯ぎしりされますか?」と。

寝ているときはそれほどしていないみたいです。日中よくしています。とこたえました。過度に集中したり、ストレスを感じたりすると、ついぐりぐりしてしまうようで。歯ぎしりをしていても、音はありません。通常は無意識にするものらしいけれど、自覚があります。「あ、いましてる」と気がつく。あと音楽を聴きながら歯をカチカチさせてリズムをとっています。

年齢のわりに摩耗が激しいそうなので気をつけなければいけません。歯科医師の先生と、顎の力をぬく練習をすこしだけしましたが、むずかしい。顎を鷲掴みにされて「抜いてくださ~い」と言われても顎の力、ぬけへん!わたくし、歯をくいしばって生きているみたい。比喩ではなく、ほんとうに。ははは。

顎を脱力すると、こんなにふやけた感覚が「自然」なのかと、おどろくほどです。ふつうはみなさん、顎だるんだるんだそうです。上の歯と下の歯がくっついていたらもうよくないのだとか。じぶんの場合、くっついていないことのほうが珍しい。知らないうちに力んで気張っている。からだは正直……。

さいきんは自由で、ストレスフリーかと思っていたけれど、そんなこともないのか。あるいはストレスとは関係なく、単に癖になっているだけかもしれない。読書中や、こうやってなんか書いているときも、静かに歯ぎしりをしています。寝ているとき以外はしちゃっているのだと思う。きっと野生動物のように絶えず緊張しているのだろう。

多くのひとは、それほどからだに力を入れて生きているわけではないのかなーと思う。わたしは油断できない。人間の存在を察知すると緊張する。たとえ家族でも。気の合う友人でも。ひとりでいる時間と比較して、意識を澄ますような感覚がある。意識も、多くのひとは、それほどはっきりしていないのかな……。余計なところには気が付かないようにできている。細部は捨象する。それぞれの人間にとって、重要な部分だけを見る。あとは最適化して見過ごす。省エネ設計。わたしは燃費が悪い。きょろきょろ、うろうろ。好奇心の在り処を知りたい。そこでじっとしていたい。蝉の死骸なんか、夏になればどこにでもあるのに。通り過ぎればいいだけ。なにを撮っているのだろう。

どうでもいいものに集中して立ち止まっていると、通過するより、通過されることのほうが多くなってまいる。みんなどこかへ行く。わたしはいまだに幼稚園の砂場から出ることができずにいる。いつまでも砂場遊び、どうでもよくないからしているのだけれど。


広い注意力と狭い集中力が同居しているようなところがある。好奇心をつれ、うろうろと散歩しながら、ただの一点を探している。広くて狭い。狭くて広い。宇宙規模の遠い時間を思いながら、一瞬にある出来事を見ている。有機体として在りながら、無機的なものに恋をしている。空間とあまり上手に関係できていない気がする。軸が抜けている。紙が好きだ。平面。ディスプレイでもいい。「二次元萌え~」とかそういうんじゃなくて。そもそもの認識が平べったいのだ。平面に生きている。死ぬ間際、どういうわけか写真にされた、あの蝉みたいに。






コメント

anna さんのコメント…
歯医者さんに行って笑顔で全身写真とか、それはまた想定外な。
私の書き込みは確かに朝と夕方ですね。今日は、朝にしましたー。
nagata_tetsurou さんの投稿…
パソコンや携帯電話を目的なく見る時間、なんとなく決めておられるのかなーと推測します。だらだらいじらないように。朝7時ごろか、夕方7時ごろか。わたしは眠る1~2時間前になると、なるべく見ませんね。日記は夜に更新することがおおいけれど。

歯医者では、2時間ちかくいろいろとされました。想定外ですが、細かく診てくれるところがよかったので、いいかなーと思います。検査の結果がすこしたのしみ。