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日記599


3回目の歯医者さん。また歯垢が赤く染まるやつを歯に塗ったくられて……。「前回より磨けています、お上手です」とほめられました。お上手ですってよ。こちとら歯を磨きつづけて四半世紀以上のベテランやぞ、子役あがりやぞ、英才教育やぞ、と言いたくなりましたがみなさんこどもの頃に歯磨きを習うのでした。みなさん子役あがりの英才教育でした。思い上がってはいけません。まいにち漫然と磨いているだけで専門知識のかけらもない、むしろこれは恥ずかしいことかもしれません。

赤いやつを塗られる前にまいかい、くちびるにワセリンを塗られてぷるぷるのつやつやになってしまいます。そんなにくちびるをぷるぷるにした経験がないので新鮮です。手鏡で歯のようすを確認するとき「ぷ、ぷるぷるである!」とおどろきます。おどろくときの語尾は「である」です。鼻毛はちゃんと処理しており、こんかい大丈夫でした。

「くちびるを指でなぞられる」ってのもなかなかありません。そんなことされる関係って……すなわちくちびるNetworkです。い・け・な・いルージュマジックです。くちびるヌード。残像に口紅を。くちびるから媚薬。くちびるを通じてわたしのすべてが奪われてゆく。色づいたあたしを無意味なものにしないで。歯医者さんはスキンシップが濃密で戸惑います。やっているほうは日常なんだろうけれど。

くちの中をいじられている最中に、ときおり話しかけられることにも戸惑います。「はへ」みたいなことしか言えないから。なにも言えなくて、夏。いっこく堂さんみたいに腹話術をマスターした方なら返事ができるのかな。くちを開けていたらできないのか。どうなんだろう。いっこく堂レベルの腹話術者なら、耳から発声することくらい造作なくできるにちがいない。もはや人間じゃない。いっこく堂めっちゃこわい。

サシャ・バロン・コーエンの映画『ブルーノ』で尿道がパクパクしてしゃべる演出があったけど、いっこく堂レベルならそれも可能にちがいない。テレビではできないだけである。いっこく堂はからだじゅうの穴という穴からしゃべる生き物なのです。本物のおしゃべりなひと。むろん、ケツ話術も可能です。くちでしゃべっているふりをして、じつはケツでしゃべっていたりするタイプです。わたしの好みのタイプです。新たな段階にいる人類、つまり彼はニュータイプなのです。

3回目の歯医者さんは、とくに落ち込むこともなく終わりました。歯科衛生士のお姉さんは前回とおなじひと。髪の色が変わっていたせいか、ちがうひとかと思った。お盆をまたいで、心機一転でしょうか。染め直しただけかな。

次でさいご、最終テストだそうです。一夜漬けで臨みます。一晩中、歯磨きしてやるから。神社の撫で牛や撫で仏やビリケンさんの足みたいに摩耗するほど歯をなでなでするから。不自然なほどつるりと。摩滅して消えるほど。そこまでしたら問題だけど……縁起の良さを感ずるくらいのつるつるにしよう。その前に歯ぎしりのせいで、すでに磨り減っているらしいが。歯医者さんもたまに行くとおもしろいです。





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