ラスト歯医者の帰り道、苔が輝いていました。こういうもので、“ああよかった”とぜんぶチャラになる。単純な感じでいい。これで十分ではないか。夕陽に照らされるきれいな苔がありました。これでつながれる。首の皮一枚。おおげさじゃないんです。ぜんぜん。
歯医者の受付で「また来年の1月あたり検診に」と言われる。いま予約しますか?と尋ねられ「先はわからないから、大丈夫です」とことわる。予定がないことに幸福を感ずる。逆のひともいる。予定のない、まっさらな日々はつらいという。それはあまりわからない。ひとりで歩いているだけでいいのに。何かしろと言われる。「決めろ決めろ」と。最後はすでに決まっているのに。
生きていたくもなければ、死にたくもない。この思いが毎日毎夜、わたくしの心の中に出没している雲の影である。わたくしの心は暗くもならず明るくもならず、唯しんみりと黄昏て行く雪の日の空に似ている。
日は必ず沈み、日は必ず尽きる。死はやがて晩かれ早かれ来ねばならぬ。
永井荷風「雪の日」
以前も引用したと思う。どっかで。
よくこれを思い出す。
晩夏です。
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