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日記657


もう2日も過ぎた。ことしのクリスマスはこれが限界。そこらのキラキラを撮る気にはなりませんでした。こどもが道路に描いたサンタクロース、このくらいの温度感がいまの身に馴染む。ほほえましくて、愛らしい。わたしを照らさないからうれしい。静かに満たされる。描いてくれてありがとう。クリスマス気分のおすそわけをいただく。

いつからか、「クリスマスだから」のつづきを見失った。何をすればいいやら。ぜんぶうそくさい。ケーキも鶏肉も食べない。あ、サラダチキンを食べた。ヘルシー志向。やることがわからない。やらなくてもいい。クリスマスだけがあればよかった。街の電飾を頼りに、目を閉じたまま踊りたかった。まぶたの上からでも明るい夜を歩いた。いつもの暗い夜道は、暗いままで安心した。鼻の頭は寒さで赤らんでいたけれど、ピカピカというほどではない。望むことはないから、サンタにも用はない。食後の腹痛でべつの用は足した。幾度も。ひとまず風呂であたたまり、衛生的な環境で眠り、養生できる。それだけのことにいつもいつも感謝している。DDTをあたまにぶっかけられない時代に生まれてよかった。と、ぶっかけられる時代に生きた祖母と暮らしながら思う。

胃潰瘍か何かかと疑っていたけれど、おおげさか。病院で胃炎の薬をいくつか処方され、年始までようす見てね、とのこと。キャベジンなんかじゃ収まらない。俺の腹の虫は止まらねえ。食後に痛みがくるため食も進まない。腹痛ダイエットです。好物の粥状のものが食べ放題で、その点は最高。ずっとおかゆでも文句は言わせない。こちとら腹が痛いんじゃ。永遠に粥を食うんじゃ。ふやけた顔でふやけた食事をしておく。噛みごたえはいらない。のどごし主義。意識までふやけさせて、もうろうとなっておけば生きやすく死にやすいだろう。夏は涼しく冬は暖かいだろう。夢から醒めてもまたべつの夢へと渡り歩けるだろう。

薬膳料理のレシピを調べる。スープ系のものは手っ取り早くていい。白飯をぶっこめばおかゆにもなる。しばらくはスープ中心のお食事。たまねぎの皮を煮て出汁をとるとか。なるべくやさしい味つけの。

きのうはカレー風味のコンソメスープ。医者から「刺激物はなるべく避けて」と言われたけれど、こちとらカレー的なるものが食べたいんじゃ。あったまるやつ。少しくらい刺激があっても、薬がケアしてくれるのではないかと盲信していました。食後、つらいことに。



12月27日(木)


知らない人にチョップをくらわせてしまう。視覚障害者用の白杖をお持ちの男性が赤信号の交差点をいまにも渡ってしまいそうで、止めるため横からとっさに腕を出したら胸のあたりをちょうどドスッと。逆水平チョップ。「赤信号です!」と言うと納得していただけたが、かなりびっくりさせてしまった。「すみません」とあやまられ、「いや、こちらこそすみません」とあやまり返す。美しい日本のあやまり合戦に興じるひととき。

止める人は自分しかいなかった。行動できる人間が自分しかいない状況だと、大胆なことをする傾向がある。責任感が強いためだろう。それに、自分にしか責任が生じない状況はとても自由だと思う。わたしがなんとかすれば丸く収まる。シンプルです。

「いきなり触れられると超ビビるからやめて」みたいな視覚障害者の意見をどこかで見た気がしていて「悪いことをしたなあ」と思うけれど「状況的にやむをえないなあ」とも思いつつ、帰る。というか視覚障害者でなくとも、いきなり触れられると超ビビる。ましてや、いきなりチョップは親友でもやめてもらいたい。だけど、わたしがもし駅のホームから身を投げようとしていたら、あなたの熱いナマチョップをこの胸にくらわせてください。




都会のド真ん中に仲良く並ぶ柿。





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