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日記673



「The Three Outlaws」と書いてあった。北大路駅から京都駅への途上、烏丸線車内、ふたりの向かいに座る高校生くらいの女性、これもふたり組。談笑していた。左側の、ひとりのスウェット。光る棒人間の絵が三つ。それが三人のアウトローの図のようだった。緑色の生地。サイズは大きめ。

iPhoneのEvernoteに「The Three Outlaws」とだけ、さっとメモをとる。スリー・アウトローズさんの左側にはおそらく韓国人であろう若い男女が座っていた。いや日本人かも。女性のメイクが韓国アイドル風で大韓民国の方かなと推測。会話を交わしていたが、はっきりとは聞き取れなかった。女性は真っ赤な口紅、黒い革ジャン。服のサイズはタイト。小柄だった。となりの彼もスマートな印象。仲睦まじそうに並ぶ。ふたり。

京都駅で烏丸線からJR京都線へ乗り換える。その間にある辻利のコトチカ京都店で、あたたかい抹茶のラテを飲んだ。通り過ぎようとしていたところ、ひとりがラブリーサマーちゃんの歌を口遊み、もうひとりも辻利の存在に気づいて「飲もうか?」と提案したのだった。頼んだカップはひとつ。





座りながら、歌について「辻利の抹茶、生の汲み湯葉、あとなんだっけ……」などと思案して、検索をした。「メインは辻利じゃなかった気がする」とひとりは言ったが、正解はのっけから「辻利の抹茶」の連呼だった。

「食べることが好きになった12の春」という一行に、もうひとりはひっかかりを覚えていた。「食べることが好き」とは何か。「食べること」それ自体に好きも嫌いもないだろう。文句ではなく、純粋に疑問だ。そう述べた。ひとりは、ことば少なにうなづいた。

食事は否応なく生活の中にいつもある、生存条件のひとつ。感情的な付加価値は、あくまで個別的な付加価値であり、「食べること」そのもの全般には適用できない。そういう話だろうかと、あとでぼんやり整理をした。

辻利からJR京都線のホームへ向かう。前で階段をのぼっていた男性は黒いスーツにベージュのコート。大きめのかばんの中には、篠田英朗『ほんとうの憲法――戦後日本憲法学批判』(ちくま新書)がささっていた。京都から、ふたりは大阪へ向かった。夜だった。月は見えなかった。




2月。さいごに乗った御堂筋線は混雑していた。青みがかったスーツ姿の男性が左側で本を読んでいた。2016年、本屋大賞に選ばれた宮下奈都の小説『羊と鋼の森』(文藝春秋)だった。すでに文庫化されているが、単行本を手にしていた。

本を日常的に読む人は、あまり重い荷物をいとわない傾向があるのではないか。あるいは、書物を重荷とみなさないのかもしれない。しかし本は現実問題として重い。かさばる。多くは持てない。

大阪・中崎町サクラビル1Fの本屋、葉ね文庫の店主さんと「いつも無駄に本を抱えているせいで肩幅が大きくなる」という話を冗談めかしてしていた。思い出しながら、重たいかばんをせっせと持ち上げ、「すいません」を連呼し御堂筋線を降りた。




太陽の塔があった。万博記念公園に。あると聞いていた。ないとおかしい。でもとても珍妙なものがあたりまえのように建っており、それもおかしい。こんなもの建ててよいのだろうか。そのおかしみが、少しうれしくもあった。

「堂々と、じっと腰を据えていれば、いかなる珍妙さもいずれ受け容れられるのかもしれない」と思った。太陽の塔というやつは、「俺がルールだ」と言わんばかりに堂々たる姿で身じろぎもしない。

内部も含めてコンセプトや解釈はさまざまあるのだろう。でも決定的な「こうでなくてはいけない理由」はない。少なくとも他人に伝わりやすい理由はない。なんでこうなったのか、それはわからない。「岡本太郎がやったから」というほかない。

誰にも伝わらない自由のかたちがあった。それは自分には計り知れない、他人の乱された眠りの具現だった。あれでよいのか。眼前にあってもなお疑問だった。わかりやすい必然性はない。よくわかんない巨大な塊と接触してしまった。「人は自分の孤独の深さで他者と出会うしかない」という、ある詩人のことばを思い出した。

あれを多くの人々が労力を払って維持しているという事実がうれしかったのだと思う。内部も見学した。下り階段の踊り場に飾られている岡本太郎の写真を見たおばさまグループが「ガキ大将やん!」とツッコミを入れていた。ぐるぐると階段を下りながら「目ぇまわる~」とも。壁にあった「芸術は呪術である」という岡本太郎のことばには「爆発やないんかい!」と間髪入れずに叫ぶ。ここは大阪だった。そう、完膚なきまでに大阪だった。

果てない“?”を頭の上に、もらって帰る。




万博記念公園の日本庭園に入る。休憩室でおじさんがひとり読書をしていた。遠目からパッと見てわかったのは装幀が講談社現代新書であること。色は緑っぽい。タイトルはよく見えなかった。「行」がついていたか。著者名の姓は確か、加藤だった。飛行?ちがうな、なんだろう。気を引かれつつ、その場をあとにした。

帰ってから、目視できた限りの情報で適当に検索した。加藤仁『定年からの旅行術』 (講談社現代新書)という本を見つけた。これだった。まちがいない。彼はもう定年を迎えたのか。もうすぐ定年なのか。ぜひその旅行術をマスターして、定年後の束の間を楽しんでください。よい人生を。密やかに祈り、眠った。




コメント

anna さんのコメント…
更新されてます。いや~、待ってました。
早速、「辻利のまっちゃ」で笑わせてもらいました。
この歌知りませんでした。
nagata_tetsurou さんの投稿…
ちゃんと更新されていますか。よかった~。「更新されてなかったらどうしよう」とハラハラしました。自分で書いたんだけど、自分ではないみたいなこの場所です。笑ってやってください。ラブリーサマーちゃんは「あなたは煙草 私はシャボン」という曲がたぶんいちばん有名です。これも好きな歌です。