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日記697



ショーン・タンの世界展。東京の練馬区下石神井にある、ちひろ美術館へ。7月28日(日)まで開催です。「どこでもないどこかへ」。それはたとえば、だれの住まう部屋にも得体の知れない先住者がいるような場所。へんな、珍獣みたいな。そのアイデアへの愛着をショーン・タンは述べる。2階の展示室の奥に書いてあった。

「得体の知れない先住者」は考えてみると、自分が生まれたときすでにいた。生き物。すべてなのだと思う。世界中にいた。この世界そのものと捉えてもいい。得体が知れない。どこか知らない隅っこに自分がいる。わたし自身もまた、得体の知れないものとして。最初からずっとここにいたみたいな、知ったような、我が物顔なんてきっとできない。どこにいても。どれだけ生きても。

プライベートな居住空間にまで妙ちくりんで理解不能なものを置く。それは世界を了解済みにしてしまうずうずうしさを、どこまでも許さない姿勢だと思った。いいかげん閉じこもって、ぜんぶわかったふりをして安心したいけれど、いつまでもおかしなやつが動きまわっている。あらゆる空間で、絶えず。この世はそういう場所なんだと感じる。どうしたものだろう。

身勝手な同化は許されない。すべてに距離がある。直接的に「わたしたち」を語ることはかなわない。「べつのものたち」を語ろうとするなかでひるがえってわたしたちの輪郭もあらわになる。ショーン・タンの作品からは、そんな感触を受ける。

発想の根底に自身の価値観を超えたものが横たわっている。理解不能なものを礎にする、その姿勢を“想像力への敬意”と呼びたい。「べつのものたち」への畏敬。そうやってタンが描き上げる世界への畏敬の念は、魅惑的で、とてもかわいくて淋しい。




角度が気になった。「向く」というしぐさ。そこがかわいらしさの発生源かに思える。登場するもの、みんなひたむきなのだ。ちゃんと向いている。向いてくれる。ときにこどもっぽく。ときに真剣なまなざしで、向く。あらゆるものに付随する「向き」をおろそかにしない。


水のない町では、空に魚が泳いでいる。


こんな一文にふと出くわす。飛ぶのではなく泳ぐらしい。なぜかといえば、水がないから。では魚の泳ぐ空とはいかなるものだろうか。水ではない、それに代わる「空」にはなにが満ちているのか。そんな疑問といつまでも向き合っていられればと、大きな魚を抱える少年の、大きな絵の前で思う。星空のような模様の魚だった。

ちいさな油彩画も置かれていた。ちいさな風景。「雨の日のアパート」、「ピンク色の紙容器」、「道を下ってくる車」、「間の場所」など。目に映るものをとにかく描く、らしい。目の前の現実を筆に溶かすみたいに。絵が描けるっていいなーなんて、ばかみたいに思いながらみた。

余談ながら、受付で入館料を払うときことばが出なくてまごついてしまった。なんと言えばよいのか見失う。何気ないタイミングでことばを失うときがある。口を半開きにして突っ立っていたら「大人1枚ですね」と汲んでもらえて、はっとした。

うまく話せない。ことばとの隔たりを感じる。ことばは本質的に、わたしの存在とはべつのところで生起しているのだと実感する。それこそ、得体の知れない先住者のように。




Shaun Tanさん(@shauncytan)がシェアした投稿 -


帰り道、アニメイトに寄る。歩きながら、猫じゃらしが揺れるようすにみとれた。なんとなくぜんぶが「ひと足ちがい」なのだと思う。いること、いないこと。見えること、見えないこと。あること、ないこと。会うこと、会わないこと。たくさんの「ひと足ちがい」の果てに現在が集約されている。そんな考えをなぐさめにそそがせて歩いた。

立ち寄ったスーパーで楽しそうにパイナップルを囲むお子さんたちがいた。パイナップルのあのゴツゴツした姿に高ぶる、その気持ちはよくわかる。500mlの水を買い、すぐに半分飲み干し、また歩く。帰りはちょうど夕方のラッシュ時だった。代々木上原の駅で「小田急線!小田急線!」とむやみに連呼しつづける少年ふたりがいて、すこしだけ和んだ。





コメント

anna さんのコメント…
ショーン・タンって人は知らなかったので、ネットで作品を調べてみました。面白いです。
でも、なんかどっかで見たような気がして、でじゃぶってたんですが、さっきなんでか分かりました。
京都のフリーペーパーに載ってた京都造形大の先生のヤノベケンジって人の作品と雰囲気が似てました。
nagata_tetsurou さんの投稿…
ヤノベケンジさんを知らなかったので検索してみました。グランフロント大阪に作品が置いてあるのですね。行ったとき気づかず素通りしていたかもしれない。雰囲気が似ているかどうか自分にはわかんないです(笑)。わたしがショーン・タンの雰囲気で連想するのは、ルドンやマグリットかなーなんて思います。奇妙な生き物はポケモンみたいだなーと適当に思います。