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日記770




 哲学者の立場はまことに悲劇的である。かれはほとんど誰からも愛されていない。文化史のどの章をみても、哲学は敵視され、しかも極端に相違した側面から敵視されている。哲学ほど攻撃と敵視に対して傷つきやすいものはない。哲学の可能性からしてたえず懐疑の対象となっているので、すべての哲学者の最初に手をつける仕事は、哲学の擁護である。哲学が可能であって無益なものでないという証明である。哲学は上からの攻撃にも下からの攻撃にもさらされている。すなわち宗教からも、また科学からも攻撃を受けている。真の哲学は大衆の支持などといわれるものを味わったためしがない。哲学者は「社会的責任」を遂行する人間といった印象をまったく与えない。p.11



『ベルジャーエフ著作集 第4巻 孤独と愛と社会』(氷上英廣 訳、白水社)より。ニコライ・ベルジャーエフは19世紀後半から20世紀前半に生きたロシアの哲学者、思想家。古本屋さんでなんとなく購入した。なんとなくながら、自分にとって得るところが大きい気もする。

読み進めると「哲学と神学の葛藤、個体的な思惟と集団的な思惟の葛藤」なんてフレーズに行きあたる。これは、ここで何度も書いている「ひとり」と「みんな」の葛藤そのもの。わたしはずっと、哲学的な感受性と宗教的な感受性の葛藤にもがいているのかもしれない。まー大それた葛藤だこと。

哲学は「問いにおいて科学に対立し、答えにおいて宗教と対立する」と永井均も『哲おじさんと学くん』(岩波現代文庫)に書いていた。

 

つまり哲学には二種類の敵がいるわけだ。一方には、そもそも問いの設定の仕方が非科学的だと言って非難する人がいて、他方には、答え方があまりに理詰めで人間の機微に触れていないといって拒否する人がいる。p.15


書き写しながら、いま、なぜかボルヘスの小説を思い出した。

 

ギリシアの迷路を知っているが、これは一本の直線だ。その線のなかで、じつに多くの哲学者が迷った。p.198


J.L.ボルヘス『伝奇集』(鼓直 訳、岩波文庫)。短編「死とコンパス」中のセリフ。ゼノンのパラドックスの話だろうと思いつつ、脱線してぜんぜんちがう連想をする。哲学者はひとつのことをしつこく考えつづける。比喩的にいえば、自己の直線的な宿命に殉じる人種なのではないかと感じる。

短期的に都度都度ものごとを考える人はいくらでもいるけれど、えんえんひとつのことを考えつづけられる人はじつにすくない。たいてい無益だからだろう……。新型コロナウィルスにしても、多くの人はすでに飽き飽きしているように見える。つぎつぎと、なし崩し的に思考が遷移してしまう。

わたし個人の内側には、生活のなかで遷移する問いと、こどもの頃から変わらない問いの両方がある。みんなといっしょに日々のサイクルをこなす螺旋上の問いと、生まれてから死に向かうひとりの道すがらにおける直線上の問い。螺旋のなかに直線があるイメージ。

 

ちょうど、魔貫光殺砲のような。

 

 


 

 

ズォビッ。

ピッコロの必殺技。ほら、螺旋のなかに直線がある。ぐるぐるが「みんな」でまっすぐが「ひとり」。これが炸裂し、やがて死ぬ。魔貫光殺砲は人生の縮図。こういうかたちの電線もある。そっちでもかまわない。

この、まっすぐな歩みの力添えをしてくれる人が哲学者なのだと思う。破壊的なまでに貫いてくれる。しかし問いをしつこく詰める人間は疎まれもする。宗教や科学は再現的で、螺旋の力添えをしてくれる。合わせて魔貫光殺砲がほとばしる。って塩梅。

ボルヘスが描くように、直線は複雑な迷路だ。世界はどこから始まって、どこで終わるのか。宇宙に果てはあるのか。永遠なのかほんとうか、時の流れはつづくのか。いつまで経っても変わらない、そんなものあるだろうか。



「この次あんたを殺るときは」と、シャルラッハは答えた。「一本の直線でできていて、目に見えなくて、切れ目もない、迷路で殺るよ。約束する」







4月19日(月)


寒暖差にやられそう。帰り道、体が重かった。帰って養生する。きょうの電車。白髪の老紳士が後藤正治の『拗ね者たらん』(講談社)を読んでいた。いいタイトル。拗ね者たらん。街を歩くと、大衆のなし崩しパワーを感じる。電車も満員すぎる。むろん、わたしも満員の一員である。仕方なし。

季節の変わり目なので、キーマカレーをつくった。




コメント

anna さんのコメント…
最後らへんのシャルラッハって人のセリフってかっこいいですが、何からの引用なんですか?

関西も寒暖差厳しいです。朝は寒いから電気ストーブつけてますけど、今日は昼はあったかくてセーターいらないぐらいでした。風邪ひかないようにしましょう。それからコロナにかからないようにも。
nagata_tetsurou さんの投稿…
シャルラッハって名前だけでもかっこいいですよね。ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』(岩波文庫)の短編「死とコンパス」からでした。この本は全編かっこいいです。

気温に翻弄されますね。三寒四温。行きつ戻りつ。服装も迷う。体調に関しては意識高い系なので、手洗いから食事から気をつけています。が、風邪をひくときはひく。annaさんもお気をつけて!