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日記790



家事をしながら、この動画を聞いていた(見てはいない)。10年前におこなわれたシンポジウム。過去にも、いちど聞いていたと思う。きょう「おすすめ」にあがってきたので、すすめられるがままもっかい拝聴。以前より深く理解できた気がして、うれしくなる。とくに養老孟司さんのお話が刺激的だった。

気になったのは、街の案内板を比喩にして人間の認知を語るくだり。案内板にはたいてい、地図に現在位置の矢印が加えてある。わたしたちの頭のなかにもおなじような地図と自分の現在位置がセットで入っているのだという。つまり、空間定位能力が働いている。

この比喩を養老さんは臨死体験の幽体離脱につなげる。神秘的な話ではなく、あくまで人間の認知特性として。さいごギリギリの意識状態においてかろうじて残っているものが「体と、その体を上から見ている私のふたつである」と。現在位置と俯瞰図のふたつ。

人間の視点はおそらく、ひとつではない。そういえるんじゃないか。まとめるとそんなお話。わたしなりのことばであらわすならこれは、「ひとり(=現在位置)」と「みんな(=俯瞰)」の問題そのまんまだ。人はこのふたつの綱引きによって世界を感覚している。

完全に孤独ではなく、完全に世界と溶け合うこともできない。中間でふわふわする半端な余波が「私」ってやつなんじゃないかなーと、わたしはイメージしている。「ひとり」と「みんな」が寄せては返す。どっちつかずで、持て余しちゃってる。自己意識は収まりの悪い「余剰」であり、定位しきれない。だからこそ自由がある。余っているからこそ。収まりが悪いからこそ。そこに何かがやってくる。

郡司ペギオ幸夫の『やってくる』(医学書院)を思い出した。「あとがき」で『腐女子のつづ井さん』(KADOKAWA)について書いてある部分。

 

 マンガや小説を読んで、ヒーローとの恋愛関係を夢見る者を、「夢女子」と言うそうです。これに対して腐女子は、ヒーローとヒロイン(共に男性であることが多い)の関係を遠目で愛でている者なのです。つまり夢女子は一人称的当事者として(マンガの)世界にかかわりますが、腐女子は一人称ではなく、かといって冷静に客観的に(マンガの)世界を三人称的に傍観するのでもない。腐女子は徹底して受動的に、世界から引いて、しかし世界を愛でている。p.297


わたしのいう「私」はこの腐女子にちかい。当事者でも傍観者でもなく、しかし世界を愛でている。やってくるものを待ち構えている。と、いま書きながら金井美恵子の文章が思い浮かんだ。出典はたしか『おばさんのディスクール』(筑摩書房)だったと記憶している。9年前の読書メモから引く。

 

ナボコフの遺作の題名ではないが、私は私を見はしない、「道化師をごらん!」だ。そして道化師とは、むろん、トリック・スターなどではなく、ようするに、世界と狭い狭い私の欲望と愛を〈肯定〉しつづける、あらゆる柔らかい肌たちの、時にひりひりと荒れた、時にすべらかに輝く、息づく肌理となり、肌理となることなのだ。

 

しょうじき、なにいってるかよくわかんないけれど、好きなくだり。郡司ペギオ幸夫のいう「腐女子」と金井美恵子のいう「道化師」は似ている気がする。世界と狭い狭い私の欲望と愛を〈肯定〉しつづける。どちらもそんな概念であり、これはわたしのイメージする「余剰だからこそやってくる何か」との邂逅にもちかい。

うーん。抽象的すぎるな……。
話をすこし戻そう。

 


 

養老さんは、車の運転にも空間定位が欠かせないという。動画のなかではちょっとエキセントリックな雰囲気になっちゃっているけれど、はじめっからごくごく一般的な認知のお話をされている。わたしたちは、どうやって移動しているのか。それは空間定位ができるからで、その空間定位はふたつの視点に支持されて可能になるんじゃないか。みたいな。

運転から個人的に連想したのは、自閉症との兼ね合い。「自閉的」とされる人は俯瞰的な空間認識能力に欠ける気がする。つまり「みんな」の視点が弱い。だから結果として世界の見方が「ひとり」に偏ってしまう。

たとえば、運転の苦手さ。それは俯瞰的に、いわば「なあなあ」で動くことの苦手さともいえる。集団の輪のなかに入らなければ運転はできない。視野が一人称的だとつっかえてしまう。運転はまず第一に、集団行動なのだ。それも、おどろくほど統制のとれた集団行動。わたしはとても苦手なのです……。

あと動画のなかでおもしろかったのは、「意識はランダムになれない」という話。一方で、世界はどうしようもなくランダムである。この世はランダムな偶然の上に打ち立てられた空中楼閣のようなものだとわたしは感じる。そんな世界で人間はすこしずつ法則を見出し、文明を築き上げた。しかし依然として偶然の嵐は吹き荒れつづけている。

 

念頭にあるイメージは、マグリットの絵みたいな世界。






ピレネーの城。


みんな、ここに住んでる。




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