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日記853

 

10月23日(土)

写真は神戸、王子公園駅前の壁。久しぶりに関西へ出かけた。何年ぶりだろう。会いたい人がけっこういるけれど、なかなか会えない。日本は広い。

前日の夜行バスで向かう。バスタ新宿の待合室に、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読んでいる女性がいた。そのとなりには、らかん餅の袋を抱えたおじさん。思い出せるのはそのくらい。20代くらいの若者が多かった気がする。夜行バスの利用者は若い。

午前7時過ぎ、梅田着。ストレッチで強張った体をほぐす。ふらふら歩いて大阪梅田駅まで行く。駅構内は閑散としていた。阪急神戸本線を探し、小綺麗な車両に乗って8時ごろ王子公園駅に。

横尾忠則現代美術館の前で友人と待ち合わせをしていた。時間は11時。あと3時間か。駅前の広場で、家から持参したバナナを頬張る。ひと息つき、とりあえず歩くことにする。カメラと本があれば適当に過ごせる。

 


肌寒い土曜の朝。商店街にはお年寄りが多い。ぐるぐると練り歩き、目についたパン屋でサンドイッチを買う。八百屋がよく賑わっていた。店名、「フレッシュフィールド」。新鮮な領域。いい名前。神奈川の湘南台に「ビッグパワー」という名前のスーパーがある。いい名前つながりで思い出す。大きな力。富山の南砺には「セフレ」というスーパーがあるらしい。どうでもいい情報が芋づる式に浮かぶ。

ほど近いところに山が見えた。いい眺め。そういえば、登山の装備で闊歩する集団とすれ違ったっけ。雲がふもとに大きな影を落としていた。「摩耶山」と書かれた看板を見つける。摩耶山か。公園のベンチに腰かけ朝食。卵サンド。食べ終えてから思い立って、べつのパン屋でデニッシュを買う。リンゴとチョコ。友と食べよう。あと豆腐屋で豆乳を1杯買い、歩きながら飲む。

そんな調子で気ままに3時間。長くは感じなかった。美術館前のベンチに座って連絡。付き合いは長い(なんやかんやで5年以上?)けど、初対面の人。そういう関係もめずらしくないんじゃないかな、いまどき。どうだろう。

顔を合わすなり、さっそくデニッシュを分け合う。「よかったらこれ、リンゴとチョコなんですけど」「どっちがいいですか?」「じゃあ、チョコで」。記憶に残っている最初の会話。「どっちがいい?」と聞きたかったのはわたしのほうなんだけど、逆に聞かれて立場が入れ替わる感じになった。たぶん、お互いどっちでもよかった。とても自然にどっちでもよかった。ノーサイドだった。

 


「横尾忠則の恐怖の館」という展示を観る。エレベーターからぎょっとする仕掛け。通り一遍の感想を述べると、お化け屋敷みたいだった。館内は撮影可。

展示室の入り口で係員さんにブチ切れているおじさんがいた。やだ、こわい。展示とは無関係のクレーマーだったけれど、まるで演出のようだった。「恐怖」はあらゆるものを回収してしまう。何を見てもこわい。

顔の削がれた作品に惹かれる。上3枚目の写真は勝手に削いだ。恣意的な切り取り。「写真にする」とは、「ほしいままにする」ことに近い。享楽的な行為だと思う。ゆえに節度を要する。もちろん、それだけではない面もあるけれど。



横尾忠則の作品は、陰気なようで陽気だ。暗いようで明るい。こわいようで笑える。かなしいようでたのしい。死んでいるようで生きている。いや、死んだからこそ生きている。死んでからが本番。そういう作品だと感じる。

なかなかボリュームのある展示だった。お客さんはあまりおらず、ゆっくり鑑賞できた。グッズコーナーでお土産も買う。

美術館を出て、「つぎどこ行く?」「動物園?」「昼なに食べよっか」などと話し合いながら歩く。栄町の本屋、1003へ行くことにして電車に乗る。移動中に、腕時計やベルトやネクタイなどの「締めるもの」が苦手だと話す。社会性を象徴するアイテム。やだね。うん、やだ。みたいな。仕事が終わったらすぐ外す。

三宮駅の付近で街頭演説をしている人がいた。どこも選挙だ。神戸では市長選もやっている。ポスターを見ると、ひとりだけ妙にマッチョでラブリーな候補者がいた。演説してるの、その人かもしれないと友が言う。声の圧力が凄かった。

1003で詩集を買う。昼食はカレー。テーブルに付き注文を済ませたあと、「なに買ったんですか」と聞かれる。「プレゼントしようと思って」「へー」「あなたに」「えっ」という流れで手渡す。「洒落たことしますね」。その代わり、でもないだろうけれど、食事などをおごってくださる。ありがたい……。次はこちらが振る舞おうと心に誓う。その日を楽しみに記憶を手折る。

金時豆のカレーを頼んだが品切れで、ちがう豆を提案され「じゃあ、それで」となんらかの豆を食べた。美味しかった。食べ終えてから、ジェラート屋に寄る。甘いジンジャエールを頼む。下にネバネバしたものが溜まっていた。ストローでかき混ぜて飲む。甘い。

次に目指すは、神戸どうぶつ王国。モノレールに揺られ、気持ちがよくてすこしうとうとしてしまう。王国は、家族連れやカップルが多かった。こどもが楽しそうにはしゃいでいる。こどもたちの挙動を眺めているだけでもおもしろい。

 


思っていたより広くて驚く。「ワンタッチ・ニャンタッチ」などの、動物とふれあえるコーナーは受付終了していた。しかし王国内は動物があふれかえる。距離が近い。鳥なんか文字通りあふれかえっており、そこらじゅうを飛び回る始末。見る者と見られる者が明確に区切られていない空間だった。

隅っこでぼーっとしているカピバラと遭遇して、ちょっと触る。かわいい。飼育員さんが見ていたけれど、特にお咎めはなかった。お尻の周辺を触るとカピが気持ちよくなるらしい、と聞いたことがある。ほんとうかどうか知らないが、とりあえずそのへんをやさしく触る。

ナマケモノの体重測定を見た。木にぶら下がったまま測る。さすが怠けている。丸っこい鳥の群れがぴよぴよ歩きまわっていた。えもいわれぬかわいさ。見とれて写真を撮りそびれる。とにかく丸くてぴよぴよしていた。あれを見たら、誰もがそう思うにちがいない。「丸くてぴよぴよしてる」と。

どうぶつ王国を出たあとも、しばらくぴよ丸の幻影が消えなかった。視界の隅でぴよ丸が走る。ちょっとした記憶の外傷。トラウマ的なまでにかわいかった。帰りのモノレールでふたたびうとうとしてしまう。

夕食の前にもう一軒、本屋。三宮にはちいさな古本屋がいくつかある。土曜の夕方、駅前はやたら賑わっていた。歩いているうちに日が暮れる。朝から晩まで遊びほうける日なんて、久しくなかった。年にいちどあるかないか。

本の栞というお店で高橋康也と樺山紘一の対談『シェイクスピア時代』(中公新書)を買った。79年の本。それと、松永伍一の『荘厳なる詩祭』を見つける。むかーし読んだ。病床で遺書を書くためだけに文字を習い覚えた農婦の話を思い出す。

夕食は焼き鳥ということで合意。ぴよ丸の生き霊がまだ視界をかすめていた。食べてしまえば消えるだろうと踏んでいたが、目当てのお店はお客さんがいっぱいであきらめることに。ふらっと見つけた場所で、ハンバーグなどを食す。とてもおいしかった。

「ちがうと思うけど」と前置きして、アイドルの卒業からくる精神的ダメージと頭がハゲたときの精神的ダメージは似ているんじゃないか、という話をした。「アイドル≒毛根」説を唱えてみたい。ちがうと思うけど。

食後にカラオケ。家で練習していた「ウェカピポ」をはじめて歌う。我ながらうまく歌えたと思う。これから十八番にしよう。ほかにも、はじめて歌う曲を積極的に入れた。近年まれに見る充実した一日だった。気づけばホテルのチェックイン可能時間ギリギリで、駅まで走った。途中「月がきれい」と空を指差す。そんなこんなでバタバタ別れる。

ギリギリで梅田のホテル着。風呂に入って寝る。いい感じに疲れた。


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