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日記928


10月29日(土)

「しおちゃん、いつまで3さいなの?」。幼い女の子が問うていた。お母さんらしき女性は「つぎのお誕生日までだよ」と答える。山手線のなかでのこと。池袋で友人と会う。前に同じ人と同じ場所で会ったときは生稲晃子が駅前で演説まがいのことをしていた。そこで立ち止まり「生稲晃子の前にいます」と連絡したとたん、晃子がいなくなってしまい焦った覚えがある。使えない晃子。おなじことを前にも書いたか。この日、生稲晃子は最初からいなかった。なぜか、ふたたびの晃子を期待している自分がいた。

ジュンク堂で本を見て、近くの喫茶店で休んで、古本屋に行ってお別れ。「休日だな」という感じがする。パーフェクトな休日だった。喫茶店で右隣の席にいたお兄さんは唐十郎の本を読みながら、なにやらメモしていた。前方にいた若いカップルは旅行の計画を立てているようだった。背後から住宅購入に関する会話も聞こえた。

古本屋で、シェイマス・ヒーニーの『プリオキュペイションズ ――散文選集1968~1978』(国文社)を買う。〈冬を生き抜く〉と帯にあり、時宜にかなう希望を感じた。手にとったとき、栩木伸明『声色つかいの詩人たち』(みすず書房)に「すべてはうまくいくだろう」というヒーニーの詩があったかな? とぼんやり想起したけれど、ちがった。栩木氏の本にあたると、「すべてはうまくいくだろう」はヒーニーと同じアイルランドの詩人、デレク・マホンの作品だった。

 

屋根窓のむこうで晴れていく雲と
天井に映る満ち潮のゆらぎを見つめて
うきうきしたら、どうしていけないのだ。
人が死んでいくことはあるさ、それはもちろんだが
そのことにばかり言葉を費やす必要はあるまい。
命令など受けていない手から、詩行が流れだす。
油断おこたりない心が隠された水源だ。
なにはともあれ太陽は昇り
彼方の町々は美しく輝いている。
太陽の光の騒擾のまっただなかに横になって
私は一日のはじまりと雲のゆくえを見届ける。
すべてはうまくいくだろう。

 

友人と池袋の駅で別れ、新宿まで歩く。写真を撮りながら、ぶらぶら。ハロウィンが近いこともあり、仮装している人をちらほら見かけた。どこだったか、途中で撮影会もやっていた。「魔女の宅急便」のキキかな、かわいらしい女性の姿。横切るときに一瞬だけ目にうつる。

仮装姿で怒っている若い女性も見かけて、申し訳ないけれどおもしろかった。小悪魔のような格好で、しっぽを振り回しながらブチ切れていた。「こんなはずじゃなかった」という哀愁が全身から漂う。それとも、あれはそういうキャラクターとして演じていたのだろうか……。わからない。服装が変わると、人格にもすこしは影響が出ることはわかる。だからといって、飲まれてはいけない。

以下はこの日、歩道橋で撮った写真。



歩道橋の透過光がこのように“映える”と知っている人はどのくらいいるのだろう。ちゃんとした人がもっといい感じに撮ってツイートしたらバズるんじゃないかと思う。地味かな。信号や街灯、ときに過ぎ去り、ときに滞留する車のヘッドライトとテールライト、それぞれの挙動が組み合わさり角度によって万華鏡のように変化する。撮っていると夢中になってしまう。とはいえ、すこし周囲を気にしながら。一方、こんな思いもよぎる。

 

歩道橋のむこうで流れゆく夜と
欄干に映る透過光のゆらぎを見つめて
うきうきしたら、どうしていけないのだ。


とてもこどもっぽい、素朴な自分がいる。ひとりで散歩するときには彼を解放できる。彼の好奇心にしたがい、何時間でも歩いている。「私たちが為すべきは散歩です。あなたもそうは思いませんか?」と、先日購入したカール・ゼーリヒ『ローベルト・ヴァルザーとの散策』(白水社)の帯にあった。散歩ばかりしている身としては、たいへん勇気づけられる。帯文の投げかけに迷わず“yes”と感じた本は他にない。

ゼーリヒにとってヴァルザーという人物は、「我らが民主主義の国スイスにおける散歩者のなかの王様、まごうことなきぶらぶら歩きの天才」らしい。「編者あとがき」にそうある。ヴァルザーを見習って、自分も散歩者としての生涯をぶらぶら送れたら理想だ。為すべきことは、散歩しかない。

池袋駅からゆっくり歩いて新宿駅まで、1時間半くらいかかったか。そこから各駅停車に乗って、またゆっくり帰る。贅沢な時間の使い方。「せかせかしない」がなによりの贅沢だと思う。時間を気にしない。「時間? あったね、そんなの」ぐらいの感覚。電車内でうとうとする。


10月30日(日)

朝から腰を痛めてしまった。散歩者としては致命的。かに思えたが、1日安静にしていたらだいたい治った。よかった。まだ若い。土日でちょうど対照的に、動的な休日と静的な休日を過ごした。散歩もいいけれど、就寝もたいせつ。就寝者としてはパーフェクトな日曜日だった。どこまでも眠りたい。ひとつ訂正しよう。為すべきことは、散歩と就寝。起きて歩いて寝る。ときどき食べる。以上。


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