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日記934

 

 十一月十二日 晴

 昨夜からダンロのオキで豆炭を熾し、アンカを二つ作る。
 今朝は風が冷たい。正月に吹く風のようだ。
 朝 ごはん、コンビーフ、大根おろし、のりまき餅、スープ(玉ねぎ)。
 十時半、関井さん、カギを取り替えにくる。倉庫のカギの具合もわるいので直してもらう。障子を嵌めこむためのカーテンレールも長すぎるので切ってもらう。
 カギ千二百円。
 南隣りの庭のように、斜面の勾配のきついところに丸太を入れて段々を作ることも頼んでおく。今年中には出来るように。
 十二時半列車便に下る。富士山は頂きに白い雲が巻きつき、あとはすっかり晴れている。
 山芋を買いにスタンドに寄る。おじさんは本のお礼を言って「山芋は呉れてやる。いっぺんに沢山呉れてもうまくなくなるから、チョクチョク呉れてやる」と、大きいのを二つぶら下げてくる。東京へのお土産用に藁づとになったのを買うと百五十円にまけてくれる。
 回数券を買う。御胎内の検札所に人がいないので、そのまま五合目へ上る。六月以来だ。二合目から崖にはつららが下っている。奥庭入口のあたりで引き返す。三合目の樹海台に車を駐めて、聖母像を観に行く。この前までは立札がなかったので気がつかなかった。イタリヤからきたという大きな大きなマリヤ様は白い大理石でキリストを抱いて佇っている。キリストもマリヤ様も王冠をつけている。マリヤ様の顔はいやらしくない威厳がある。背景のコンクリートの壁には、世界各国からきた瑪瑙、石英などの貴石が嵌めこまれ、寄贈した国の名前が彫ってある石もある。天照大神の石、というのもあった。マリヤ様の佇っている台のところからは、河口湖、三ッ峠、御坂峠、ゴルフ場が見えた。私たちと入れちがいに、外人の神父様と信者らしい男一人女二人の組が、マリヤ様をみに上ってきた。男は東南アジアの人らしかった。
 主人、熔岩を拾う。御庭のあたりにも、マリヤ様のあたりも、冷たい冷たい濃い空気が漂い流れていて、急いで車の中へ入ってしまう。大沢くずれから少し上ったあたりには落石がひどかった。頭位の石が落ちていて、泥もくずれてきていた。この間の台風のあとだからだろうか、倒木も多かった。
 昼 肉うどん。
 夜 ごはん、豚しょうが焼、コロッケ屋のコロッケ(百合子)。
 明朝東京へ帰るので、弁当の焼きにぎりを作る。ポコは早めに馬肉を食べる。
 あとかたづけを終ってから、便所、風呂場を洗い、茶がらをまいて二階の部屋と階段を掃く。
 ゴミを棄てがてら車に水を入れに、灯りを持って門まで出る。丁度、河口湖の方からびっくりするほど大きな黄色い月が上りかけたところだった。
 富士山は、すっかり真黒い形を現わした。今夜も冷えこみそうである。
 ここのところ毎晩、風がわたってゆくのを家の中で聞いていると、真冬のような音だ。
 肉、馬肉豚肉共百九十円、コロッケ四個四十円、ネジクギなど三百五十円、罐ビール百六十円、列車便百円、回数券二千円、山芋百五十円、ノートとセロテープと四十一年度暦百三十円。


武田百合子『富士日記(上)』(中公文庫、pp.196-198)より。


昭和四十年(1965年)の11月12日。

 

 

11月12日(土)

よく晴れていた。暑さを感じるほどの陽射し。半袖で歩く人もいた。夕方、四股を踏むおじいさんを見かけた。きれいなフォームだった。

古本屋で、多賀厳太郎『脳と身体の動的デザイン 運動・知覚の非線形力学と発達』(金子書房)をパラパラめくる。「除脳ネコが歩く」ということばが目に入る。すごい。まず「除脳ネコ」から刺激的。さらにそいつが歩くとは、何事だろう。

「除脳ネコが歩く」。バンド名にしたいフレーズだ。曲名でもいい。小説のタイトルはどうか。内容よりも、ことばの斬新さに衝撃を受けた。ポエジーを感じる。「除脳ネコが歩く」。幾度も反芻しながら、本を棚に戻す。財布を所持していなかった。とりあえず、いつか読む本のリストに追加しておく。

詩を読みたい。そう思いながら、あらゆるジャンルの本を手にとっている気がする。明日は久しぶりの雨模様らしい。ちょうど晴天に飽きたところ。歓待しよう。

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