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日記938


 

 11月16日

 私たちはパリで十五日間過ごした。帰って来た時には二百冊の本を携え、気持ちは完全に萎えていた。パリという都市が存在しているというのに、ポルトガルに住まなくてはならないとは! パリの人々の恵まれた暮らしぶりに驚いた。飢えている人は見かけなかった。私も参加した名高い昼食会。ジャン・コクトー、(ブカレストから到着したばかりの)ポール・モラン、ジョルジュ・デュメジル、ルネ・グルッセ〔フランスの東洋学者、一八八五 - 一九五二〕と知り合えた。グルッセは『アジア新聞』に載せた書評で、あなたの『ヨーガ』はヨーガについて書かれた最良の本だと明言した、と教えてくれた。改めて、このようなヨーロッパの人々に向かって言うべきことが、まだ私には残されている、と気づかされた。
 シオランとともに終日過ごした。逆説とリリシズムに満ちた饗宴。マリカと知り合いになった。
 前線の状況はますます悪くなっている。だがなぜだかわからないが、もう恐怖を感じない。大惨事にはならないような予感がしている。あるいはもっと正確に言うなら、現在の危機が全ヨーロッパを巻き込む事態となっているため、もはやただルーマニアのことだけを考え、一地域の観点から状況を判断することができなくなっているからだろう。

 

ミルチャ・エリアーデ『ポルトガル日記 1941-1945』(奥山倫明・木下登・宮下克子 訳、作品社、pp.194-195)

 

“1941年、ルーマニア公使館の文化担当官としてリスボンに赴任したミルチャ・エリアーデは、新たに自分に向き合い、精神を集中させるために日記を綴っていく。”と帯裏にある。精神の集中に、なるかな。引いたのは1943年11月16日。エリアーデはシオランと仲良しらしい。シオランにも友人がいたのだ。



11月16日(水)

この日、すれちがった人が読んでいた本(主に電車内)。

・村田沙耶香『殺人出産』(講談社文庫)
・辻村深月『ツナグ』(新潮文庫)
・岸見一郎『マルクス・アウレリウス「自省録」を読む』(祥伝社新書)
・筑波大学附属小学校算数部 編『算数授業研究』(東洋館出版社)

あと、60代くらいのおじさんがマンション管理法に関する本を読んでいた。『算数授業研究』なる雑誌があるらしい、これは初めて知った。へー、おもしろそう。読んでいたのは40代くらいの男性。スーツ姿のシュッとした人。

番外編として、Yahoo!の検索窓に「えいみ」と打ってまわりを気にしているおじさんがいた。ふしぎなことに、「えいみ」と打ちこんで検索しない。その文字をただ眺めている。なにか、ピュアなものを感じた。好きな人の名前を砂浜に書くような。検索は俺の頭の中で行う!といった硬派な姿勢。だったらおもしろい。

 

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