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日記955


 十二月三日
 昨日は、休息と修理の一日。今日は大工事。僕たちは橋作りの人夫に早変わりする。道がダホメの国境でペンジャリ川に切断されていて、その橋は雨季のあいだに、いつものことだが、流されてしまい、まだ架けなおされていなかった。夫役人夫たちと一緒に、橋を復旧することになる。今晩は、堅い地面に残っている橋台のうちの二つを繋いで、丸太の橋を二つ作った。三番目と四番目の橋台のあいだの空間は、不必要に広い他の橋台の縁から取った石塊で埋めた。
 ダホメの警察官たちが対岸に姿を見せ、一番近い村の人たちを徴募して、向こう側の工事を始めた。
 まず男たちがやって来る。堂々としていて、ほとんど真っ裸(人により、陰茎を持ち上げている紐、四角い小さな前かくし、細い獣の皮など)、そして筋肉がとても逞しい。若い娘たちが次に来る。身につけているのは緑の葉の房だけ、そして頭は剃っている。魅惑的な娘たち。見つめるのが快い、ちょうど橋台のあいだを、とても感動的な音を立てて、とても速く流れ去る水を見つめるように……。
 今夜、僕たちは川の近くにキャンプする。工事は明日夜明けとともにまた始められる。まだ残っている仕事に比べれば、朝のあいだの故障など、ものの数に入らない。たとえば、河馬が穴を開けた地面を通らねばならなかったり、トラックが泥にはまったり、等々……。何でもないことばかりだった! グリオールはもう対岸の土を踏んできた。彼が通った連絡路は、まだ繋がっていない二つの橋台に架けたたった一本の丸太、他の二つの橋台のあいだに架けた二本の丸太、さらにまた別の橋台のあいだに架けた二本の丸太、それからすでに工事済みの部分だ。僕が今この文章を書いているとき、グリオールとリュタンは銃を装塡している。猟にいくのだ。ボーイたちはトラックに閉じこもっている、《カパ》やライオンが怖いから。
 他方、マカンはカブレ族(対岸から来た人たち)に対してもっとも激しい恐怖を示し、《奴らはブッシュの追剝だ!》と断言した。ママドゥ・ケイタはというと、彼らの裸に憤慨していた。とくに、人夫たちの一人が帰るときに、前かくしを取ってしまったので。

 

 

ミシェル・レリス『幻のアフリカ』(平凡社ライブラリー、p.251-253)より。1931年12月3日。これだけ読んでも意味不明だと思う。意味不明だと思いながら写した。本の紹介文を引く。 

 

ダカール=ジブチ、アフリカ横断調査団(1932‐33年)
――フランスに「職業的で専門化した民族学」が生まれた画期。

本書は書記兼文書係としてレリスが綴ったその公的記録である。だが、客観的な日誌であるはずの内容には、省察(植民知主義への呪詛)、夢の断片や赤裸な告白(しばしば性的な)、創作案、等々が挿入され、科学的・学術的な民族誌への読者の期待はあっさり裏切られる。刊行当初は発禁の憂目にあったのも当然であるが、この無垢で誠実なレリスの裏切りのなかにこそ、大戦間期のアフリカが立ち現れる逆説、奇跡の民族誌。


というわけで、今日の日記はその民族誌の一部。しかし、なぜこの本が部屋にあるのかわからない。自分で買った記憶がないけれど、自分しかこんなものを買う奴はいない。いつかのどこかでほしいと思って買ったんだろうな……。平凡社ライブラリー版で、1065ページもある。もちろん、ほとんど読んでいない。でも紹介文はおもしろそうだと思う。買った記憶はないが、「おもしろそう」と感じた記憶はある。だから置いておける。

まったくなんの記憶も感触もなかったら、気味が悪くてすぐに手放すだろう。部屋に置いておけるものはすなわち、心の棚にも置いておけるものにちがいない。その意味で部屋の状態は、いくらか心理状態をうつしだすものでもある。

住む部屋は自分がどういう人間だったか思い出す場所。手がかりが多くある。記憶喪失にならないようにか、なってもいいようにか、手がかかりをつくっているのだと思う。その手がかりをたどる。来る日も来る日も。いまも、こうして。



12月3日(土)

電車内。ポルトガル語で通話しながら咽び泣く外国人女性がいた。

家のWi-Fiがつながらないため、サポートに電話。はきはきしたお姉さんが対応してくれる。さいごに「あとでアンケートが送信されてくると思います。励ましてください」とお願いされたので、その場で「助かりました、ありがとうございます、最高です」などと軽口を叩いた。笑いながら恐縮される。

彼女は、だれにでも「励ましてください」と伝えているのだろうか。それとも個別にわたしが「励ましてくれそうな声色の奴」と認識されたのだろうか。ほかはマニュアル的な対応だったのに、さいごだけ急に距離感がバグったような……。すこし悩んでしまう。もしかしてだけど? いや、どうでもいいかと思い直す。もう二度と話すことはない。


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