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日記964


 

 

十二月十二日(日)

 7時から「雪」。大阪に戻ってきた。途中で洗濯。12時過ぎまでつづけ、お昼は関さんからいただいた、小千谷のへぎそば。Qちゃん腹の園子さんとパクパク食べてしまう。園子さんはいまなら3人前は軽くいける。それでいて体重は前より減っているというから、それだけ気合いを入れて乳を出している。
 1時間ほど園子さんは買い物にでかけ、その間、ひとひくんと音の遊びをする。人間のからだがいったいどれくらい、おもってもみなかった音を出せるか。エヘラエヘラごきげんのうちにスーと寝てしまい、ちょうどその拍子に園子さん帰ってくる。2時からお風呂。昨日えらく爆発した(いなかったけど)せいか、今日はまた、なにかを学んだような顔でフフー、とお湯につかっている。シャワーも慣れた様子。脱衣所で園子さんにパスし、湯船で、読者の方にいただいたゴルゴ13読んでみる。男も女も同じ顔。
 3時30分から仕事部屋にもどり、読売新聞の、タムくんとの書評連載かく。今月は横山剣の「マイ・スタンダード」。クレイジーケンバンドをきくひとも、そうでないひとも、これだけ切実な自伝というのもそうほかにない。4時に終わり、トトト、とおりていき、園子さんからひとひくん受けとる。おっぱい直後なのですぐ寝たのは寝たけれど、1時間くらいあと、しゃっくりとウンコで起きてしまう。片手であやしつつ、ときどき寝顔、ときどき泣き顔を見る。マー愛らしい。
 6時に園子さんが座敷にきて授乳開始。飲み終わり、今度は親が栄養満タンにならんなあかんと、秘密の某所からいただいた伊賀牛をあけ、スキヤキを食べていたら、座敷でひとひくんが、オイラもー、と叫んだ。ひとひくんをスリングに入れてふらふらスイングしつつ、しばらくのあいだスキヤキの立ち食い、ビールの立ち飲みをした。途中までアウー、オイラもー、と動いていたひとひくんも1時間くらいで完璧に寝た。そして9時過ぎに目覚め、スリングで目がさめるとほんとうに生まれたてのアノときの顔にそっくりだ。小さな声であやすと、フフヘー、と笑って、乳がほしくてくちびるをツンととがらす。
 きのうと違う今日のひとひ。お風呂で僕の方に顎をのせてユラユラ浮かぶようになった。

 

いしいしんじ『ある一年 京都ごはん日記②』(河出書房新社、pp.386-387)より。2010年12月12日。映像が浮かぶ。擬音語、擬態語を多用しているせいだろうか。パクパク、エヘラエヘラ、スー、フフー、トトト、ふらふら、ツン、ユラユラ。音の描写が多いかな。賑やかだ。人が生活している。いい文章だなーと思いながら写していた。

2022年12月12日も、雪が降りそうなくらい寒い。明日の関東は冷たい雨だという。ヴィスワヴァ・シンボルスカの詩集『瞬間』(未知谷)をぱらぱらめくっていた。沼野充義訳。さいご(p.100)に置かれた「すべて Wszystko」という短い詩を引いてみる。


すべて、というのは――
厚かましく、うぬぼれで膨れ上がった言葉だ。
書くときは引用符でくくってやらなければ。
何ひとつ見逃さず
集めて抱え込み、取り込んで持っているふりをしている。
ところが実際には
暴風の切れ端にすぎない。

 

引用おわり。「すべて」とことばにしたところで、すべてをあらわせるわけではない。あたりまえといえばあたりまえなのだけれど、なるほどと思う。ごく一部のくせに、森羅万象のふりをしている。とても素朴な指摘。「王様は裸だ」と指をさすこどものよう。沼野氏の解説をすこし引く。

 

もともとシンボルスカは、すべてを一括して把握したり一般化する粗雑なものの見方に一貫して反対していた、と言っておくだけで十分だろう。「すべて」から零れ落ちる具体的なもの、些細なものこそが彼女の詩の世界を作ってきたのだ。(p.101)

 

領域が飛ぶけれど、郡司ペギオ幸夫の世界観とも近いのかもしれない。
以下「内部観測研究会」のサイトからコピペ。


外部の経験は、科学のパラダイム変革のように、認識に関する歴史的大変革においてのみ認められるのではない。 それは日常生活の中に、日々、出現する。 昨日まで落書きだったものが今日アートになり、昨日まで河原の石ころだったものが今日ハンマーとなる。 昨日まで整然と事務処理をこなすと信じていた自分の重要書類が、今日洗面所の歯ブラシの横に発見される。 昨日まで風景の一部に過ぎなかった人が、今日友人となる。

内部観測研究会/灘研究連絡会

 

コピペおわり。

なにも言い切れない。わたしはよく、「それだけではない」と思う。ほかにもあるでしょう? あらゆるものは、はみ出してくる。明日どうなっているか、わからない。こんなふうに感じるのは、自分自身がどこかこぼれ落ちている人間だから、かもしれない。輪郭が滲んでいまにも溶けだしそうな顔だから。ふやけた顔だから。

 

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