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日記1010



12月17日(日)

中野ムーンステップというライブハウスで、「unMARIE's 年忘れ音楽祭」。年末らしいイベント。出演は、もらすとしずむ・尻軽シティガール・MOTAHEAD・unMARIE's の4組。それぞれ unMARIE's のメンバーが掛け持ちしているバンドだそう。よくわからないまま行った。DMでお誘いいただいたこともあり。ひきこもり気質が年々ひどくなっているため、連れ出してもらえる関係をたいせつにしたいと思う。遅刻して最初の尻軽シティガールは見れなかった。2番手はもらすとしずむ。

 

 

Vocalの万里慧さんと、Machineの田畑さん。イベントの副題が「カニとツルツルとイケオジ来るってよ!」ということで、「いまどき容姿いじるってどうなん?」と田畑さんがつっこんでいた。お笑いコンビ、シシガシラの脇田さんもM-1グランプリで「ハゲはいじっていいの?」とつっこんでいた。わたしも「こういう写真は悪いかな」と感じたが、悪戯心に抗えなかった。この角度を見つけてしまった。「イベントのタイトルにもなっているし」という甘えもある。親愛として受け取っていただければ幸い。「いたずらっぽさ」は写真を撮る動機のひとつとしてつねにあるかな……。悪気がある。

3番手、MOTAHEADの写真はない。後方に退いてしまったため。演者もさることながら、前列のお客さんも熱かった。わたしの眼前では、テンガロンハットの白人男性がゆさゆさ揺れていた。頭を振りまくっている最前列のお客さんを見て「首痛めないかな」といらぬ心配をしてしまう。余計なことばかり考える。

トリは主宰の unMARIE's。

 



ドレス姿の御三方。照明で青みがかるベールが美しかった。ときおり奥のほうにうつる影のシルエットもよかったけれど、角度と距離的に撮れず。もらすとしずむ以外、はじめて見るバンド。客層の差を眺めながら、それぞれのコミュニティがあるんだなーと感じる。服装から異なる人々が混ざり合っていた。

自分は相変わらず、どこに行っても疎外感がある。それはもう生まれ持った性質であって仕方がないのだと、このごろは腹をくくった(「ひらきなおった」とも言える)。ただ、音のなかにいるときだけはちがう。とくに爆音だと、言語が無効化されるせいかもしれない。内心にくすぶっているのは、言語的(おしゃべり的)な疎隔なのだろう。だれとも話が通じない異郷にいるような感覚。日本語がわからない。でも音楽ならわかる、なんとなく。たのしい夜でした。挨拶も交わさず帰って申し訳ない。

ライブを見ながら、いつも思う。音に乗っている人とは話がつうじない。レイザーラモンRGのあるあるネタがわかりやすい。あのネタは歌うことの身勝手さを雄弁に物語る。指示的な通常の言語と、それを振り切る音楽との綱引き。歌い始めると、一定時間は指示が無効になる。身勝手で、生き生きしている。話が通じなくて、それでいい。むしろ、それがいい。音楽ライブには会話を免除してもらえるありがたみがある。安心して唖でいられる。ことばに依らず体が動く。自分にとって音楽を聴くことは、言語を失う僥倖に身を浸すこと。ほんの数分でも。

ことばがとても重たいのだと、つくづく思う。容量が重い。重すぎてフリーズしまくる。頭が悪いせいか。日常のことばがほんとうにわからない。これも年々ひどくなる。ことばなんか覚えるんじゃなかった。なにも言わず、ただ眺めて立ち去ることだけを繰り返していたい。でくのぼうでいいのに。

心地よかったのは爆音に劈かれた帰りの耳鳴り。開放された耳管。冷たい夜気に高音のノイズを溶かしこみながら歩いた。人々が儀礼的に押し黙る電車のなか、耳鳴りと車両の轟音にくるまれ眠りこんだ。

 

 

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