スキップしてメイン コンテンツに移動

日記1013



今日は大晦日。

ふりかえると毎年、知らない誰かとお知り合いになる。誰かしら。来年も、いまは知らない誰かと知り合うのかもしれない。毎年、お別れもある。暑い盛りの8月、「いまどこですか?」というLINEが頻繁にとどいた。約束した記憶がない。知り合いのおじいさんからだった。たぶん、ボケている。何日かつづいたので、「もうすぐ着きます」と返信をしておじいさんの家まで行った。約束した覚えはないけれど、彼はわたしの知らないところでわたしと約束したのだ。スーパーで買った寿司をお土産に持参して、いっしょに食べた。それが最後になった。先月、亡くなったらしい。8月の約束した覚えのない約束については、いまだに整理がつかない。ときどき夢に出る。何件も届く「いまどこですか?」。書く気になれなかったけれど、なんとなく今年のうちに記録しておこうと思った。

わたしの預かり知らないわたしがいる。たしかにいる。そういうことをぼんやり思う。生き霊みたいな。「記憶ちがいだ」「妄想だ」と切断してしまえばそれまでだけれど、それでは納得がいかないから、もうすこしべつのことばでもやもやしてみたい。抱えておく。

忘れることと、思い出すことは不可分なのだろう。忘れるから思い出す。過去の約束を何度も思い出せる。そうして何度でも繰り返し同じ夢を見る。最後に夢見てくれて、うれしく思う。

“人生は反復であり、反復こそ人生の美しさであることを理解しない者は、みずから首をつったもおなじで、くたばるだけの値打ちしかないのである。”

キルケゴールの『反復』。そんな罵倒せんでも……と思う。でも、そうかもしれない。年末年始には決まって「繰り返し」を思う。わたしたちはぐるぐるしている。おそろしいほどぐるぐるしている。できるだけ良い感じにぐるぐるしていたいものです。よいお年をお迎えください。

いま、時刻は午後6時。たぶん、カウントダウンなんかせずに粛々と寝る。さっき散歩していたら、こどもたちが登り坂を勢いよく走り抜けていった。ふもとにいる母親らしき女性がそれを見守りながら、「ナイスラン!」と声を上げていた。

 

コメント