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8月, 2025の投稿を表示しています

日記1034

 8月17日(日) 午前中、スーパーで買い物。急にちいさな女の子がダブルピースしながら「カニ!カニ!」と迫ってきた。やや動揺しながらも、とっさにカートから片手を離し、こちらもピースで「カニカニ」と返す。「カニ!カニ!」「カニカニ」と、すれ違いざま2往復した。近くにいた親御さんから「すいません」と謝られ、ほほえんで会釈。そんなひとコマがあった。 ひさしぶりに人間との会話が成立した気がする。カニカニ言い合うだけのやりとり。これぐらいが自分の身の丈にはちょうどいい。カニカニ以上の話は高度すぎてなにを言っているのかわからない。このごろほんとうに、人々がなにを言っているのか、日増しにわからなくなりつつある。 しかし、あの子の「カニ!カニ!」は完璧に通じた。なんというか、魂がこもっていた。こちらも気圧されるように「カニカニ」で応じた。すると、うれしそうにまた「カニ!カニ!」と全身を使い、大声でこたえてくれた。こんどは喜んでこちらも「カニカニ」とやわらかく伝えた。心から通じ合えた気がする。 人との会話なんて鳴き声みたいなものでじゅうぶんではないかと、本気で思ってしまう。「ほえー」とか「にゃー」とかで、じつは日常会話の8割くらいは代替可能なのではないか。なにより、そんなに意味のあることを言わないほうが、平和である。いや、鳴き声ばかり発するおっさんはさすがに気持ち悪いか……。長嶋茂雄みたいな天才っぽい人なら、オノマトペ多めでも許されそうではある。あるいは不思議ちゃん的な雰囲気の人。 そういえば、ときどき不思議ちゃんみたいな扱いを受ける。じっさい、わたしの日常会話は6割くらい虚ろな表情で「ほえー」とか言ってるだけだ。それで事足りるのであればじゅうぶん。余計な話はしないに限る。 余計な話をあえてするなら、人間みんな不思議ちゃんである。直立二足歩行でヨタヨタ歩き始めるあたりから、だいぶ不思議である。「ことばを話す」なんてのは、不思議の最たるもの。鳴き声を駆使するほうが自然界では遥かにふつうなのだから。「カニカニ」の応酬で心を通わせるほうが生物としてはスタンダードに決まっている。こちらからすれば、めんどくさい会話に明け暮れる人々ほど奇異にうつる。 と、こんなふうに無駄な抗弁を始めると争いの火種になってしまう。「お前は人間ではないのか?」などと突っ込まれそう。「お前の混ぜっ返しのほうが...

日記1033

6月3日に高円寺の Oriental Force という場所でライブがありました。わたしは出演者のひとりとして参加。このブログでは音楽活動についてほとんど書いていませんが、じつはときどき尻からヒップホップを捻り出す珍獣という裏設定があります。いま8月7日なので、もう2ヵ月も前のことです。遅まきながら、関わってくださったすべての方々に感謝いたします。 しょうじき、やれるか不安でした。でもなんとかやれることはやれたかな。反省点は多いです。言い訳はしません。ただ、しばらく ネコニスズの「歌詞が飛んだよ」 を見て癒されていました。精進します。 ほとんど隠者みたいな私生活との差が激しくて、ライブ後はしばらく放心状態でした。ヴィム・ヴェンダース監督の映画『PERFECT DAYS』の主人公(無口なトイレ清掃員のおじさん)が急にラッパーとして人前に立つところを想像してみてください。この比喩に誇張はなく、だいぶそのまんまだと思います。 矛盾するようですが、自分の制作のモチベーションはすべて、「人々から遠ざかりたい」という願望のもとにあります。無意識にもそうなってしまう。誰にも、なんにも関係ないことをやっていたい。「関わりのなさ」だけが美しいのかもしれない。そんなことを思います。というか、もともとわたしたちはなんの関係もない。 数日前、岸本佐知子のエッセイ集『わからない』(白水社)を読んでいて、帯にも採用されている幼い頃のエピソードが示唆的だと勝手に感じました。  “お人形遊びなんかやりたくない。でもそのことは、なぜだか絶対に言っちゃいけないような気がする。ばれちゃうから。ばれるって何が? わからない。地球人のふりをして生きてる宇宙人も、こんな気持ちかもしれない。”(p.8) ここで「ばれちゃう」ものとは何か。「関係のなさ」ではないかと思います。それを言ったら、地球を追われる。すべてがおしまいになるような、根源的な関係のなさです。ふとしたところにひらけている虚無の穴、というか。フィクションの破れ目。わからない穴。 ふだんは、あんまりばれちゃうと生きていけないから、がんばって人々と関係があるかのようにふるまわないといけません。集団の成員として共有可能な物語のなかで、なんかわかったようなふりをしていないと。出来合いのフィクションがなければ人間関係は維持できないのです。そうやってばれないよ...