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12月, 2025の投稿を表示しています

日記1040 よいお年を

ある土曜日の夕方、散歩中、信号待ちの時間。どこからか森高千里の「渡良瀬橋」が響いていた。音の発生源は、派手な改造が施されたバイクだった。異様に長く反り立つ座席の背もたれ部分には「國士が集い惡を討つ」と筆文字で書いてあった。遠めにいたので乗っている人物の顔はわからなかったが、日章旗柄のヘルメットは確認できた。さらに紫色の特攻服みたいな衣装に身を包んでいた。「古き良き暴走族そのもの」といった完璧な風情。しかし、なぜ爆音の「渡良瀬橋」なのか。そこだけが腑に落ちなかった。「暴走」とはほど遠い。しみじみ黄昏れてしまうではないか。しかも場所は、ちょうど橋の上。夕日がきれいな時間だった。曲は終わりがけ。 “あなたが好きだと言った この街並みが 今日も暮れてゆきます 広い空と遠くの山々 二人で歩いた街 夕日がきれいな街” わたしのそばで信号を待っていたおばさまたちは、音に合わせ静かに揺れていた。信号の色が変わると、爆音の森高も静かに走り去っていった。見た目とは裏腹にエンジン音はかなり静かだった。森高だけが爆音で、この点も不可解に感じた。あれはなんだったのだろう。 とにかく森高を聴きたいし、聴かせたい人なのかもしれない。あるいは、そう、あのバイクは単独で走っていた。群れから離れひとり家路につく暴走族は、ああいうふうに丸くなるのかもしれない。わからない。いずれにしろ、よい信号待ちの時間を提供してもらえたと思う。いままで聴いた「渡良瀬橋」のなかでいちばんよかった。 けっして交わりそうにない人々が、森高千里の「渡良瀬橋」という共通項を介して一瞬だけ交わる。特攻服らしき衣装のパーフェクトヤンキーと、そこにたまたま居合わせたわたし、見知らぬおばさま方。あのときだけ心が通った気がする。わずかな時間、音楽が交差点として機能した。 人と人が出会えるのは、こうしたごくわずかな僥倖でしかないのだと思う。たまたま、タイミングが合えば。すれ違いつづけることが普通で、会えることは滅多にない。というより、会うことさえすれ違いの一形態なのだと思う。それでいい。 数日前、“sonder” という造語を教えていただいた。John Koenig『The Dictionary of Obscure Sorrows』という造語の辞典に載っている(邦訳はない)。ネット発の、まだ名前のない複雑で微妙な感情に名前をつけてみよう、...

日記1039

小野純一『井筒俊彦 世界と対話する哲学』(慶應義塾大学出版会、2023)を読んだ。この本で解説される井筒の哲学は、かねてより自分がそれと知らず関心を寄せてきた問題と呼応する。細かな分析は措くとして、大掴みな論点は「まさにそれ」と感じた。それは「言語の軛と、そこからの自由」。  “井筒が生涯にわたって格闘した「言語」は、自己を「何か」として規定する軛であると同時に、その軛を解き放ち、「世界」や「自己」を新たに解釈し、表現するための可能性でもあった。「意味の実体化」から解放され、自由に思考する可能性を極限まで追究する営みが、井筒哲学の全貌である。” (上掲書「はじめに」、p.ⅵ) 「意味の実体化」とは何か。  “人は言葉の持つ意味を「世界」として実体化していることに気づかない。「世界」とは、私たちがその時その場で一度だけ経験するかけがえのないものである。だがそれを「これは花である」「これは石である」と一義的な仕方で規定する時、私たちは生き生きとした経験から遠ざかっている。なぜなら、その「世界」は既に「意味」として、社会的に共有された表現によって規定されており、私たちはそれを繰り返しているだけだからだ。井筒は、そのような意味の実体化を超克する思索を生涯、貫徹した哲学者だった。” (同「はじめに」、p.ⅳ) わたしは2019年の 日記701 において「言葉は模造です。実体とはちがう」と書いている。だいたい似たような観測だと思う。でも人はしばしば、言葉を実体と取り違える。共有可能な「同じさ」のフィクションに包まれて生活をする。それはそれで不可欠な人間の知恵なのだ、とも思う。一回的な経験と同じく、繰り返しの日常もたいせつ。 「解放」や「超克」は、わたしとしてはあまり目指していない。「極限まで追究」なんて、頭がおかしくなりそうである(が、そこが井筒の魅力でもある)。ただ、多少は目指したほうがよいときもある。意味の規定性・実体化からの解放は、精神医学の知見とも親和的だと思うから。 1年前の 日記1028 でとりあげた斎藤環『イルカと否定神学』も、わたしから見ると「言語の軛と、そこからの自由」を取り扱った内容だ。膠着した文脈の解体と再構築が「開かれた対話」によって行われるのだとか。あるいは、方法はまったく異なるが 日記1031 でとりあげた幻覚剤による精神疾患の治療もそう。幻覚によっ...