十二月三十一日 火曜日 十二時 やがて、十九の年も過ぎ去ってゆく。 お母さんも昨夜から、勤め口より帰って来られた。 きょうは一日中、大晦の買い出しに、大掃除、煮〆の仕度に過ごす。明朝の元旦は、ささやかながら、雑煮が祝えるであろう。街は、いかにも暮れの感じ。デパートなんかの混雑すごく、盛り場は人の波のよし。 父が亡くなって一年。この一年は実に多彩な年といいつべきであった。けれど静かに考えてみると、もちろん、経済的にも種々の苦労はあったけれど、学生生活としては、一番この年が楽しく有意義であったといえよう。文学班としても活躍し、成績でも首席が取れ、そして学校生活は文芸会あり音楽会あり、短歌会、文学班雑誌発行、とつづいて楽しいことが続々とあった。こんなに充実したことは、かつてなかったといえるけれど――しかし私はこの一年、どんな所が偉くなったか、と考えると、さして偉くもないと思う。心中甚だ快くない。 気立てのやさしい女の子になろうと思ったのに、それもなれず、弟や妹に当り散らしているし、哲学を勉強したいと思ったのに、それもせず遊んでばかり。一体これで、この無教養さで、小説家なんてむつかしいものになれるかしらと心配でならない。来年からは、きっと、しっかりした勉強をしたいと思う。 今、小説をすこし書きかけてるけれど、どうも思う様に筆がすすまない。題未定。傲慢、無関心、冷淡な一少女が、罹災や戦争の影響のおかげで人間的な精神に目覚めてゆく経路と、それに対照して偏見を抜けきれない女親の心境というものなど、描いてみたいなと思っているけれど、筆はなかなか思う様にうごいてくれない。 来年も、勉強して小説を書こう。私はもう、この道しか、進むべき道はない。そう、信じている。来年もまた、幸福な精神生活が送れますように。私は二十歳になる。とうとう、少女の域をこえて出ようとする。さらば、十九の幸多かりし年よ。 あらゆる真実と誠意と純情をこめて、私は果てしれぬあこがれへ、心を飛揚させる。何かしら漠々とした、とりとめのない楽しさが待っていそうな翌、二十歳の年……。 二月には試験があるだろう。三月二十日前後には卒業があるだろう。そして私はどこかへ勤める。そして――そして私の運命はどうなるのかしら。私を引き回すほどの人が果して――全ての少女の場合におけるように――出...